紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク
紀伊・環境保全&持続性研究所
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本の紹介
宇江敏勝 著: 森のめぐみ −熊野の四季を生きる−
1994年発行 岩波新書 231頁
(本の構成)
はじめに
第1章
古座川
第2章 赤木川
第3章 大塔川
第4章 安川
第5章 前ノ川
あとがき
(
書評)
著者は、紀伊半島南部に生まれ育ち、父親とともに紀伊山中で炭焼きなどの林業労働で暮らす傍ら、熊野の山村や山を巡って得た経験を多くのエッセイに書き、出版している。
本書は、和歌山県東南部の山奥に鎮座する
大塔山
(
だいとうざん
)
系を源流とする古座川など5つの河川の流域全体を著者自ら訪ねて、今日では失われた、あるいは失われつつある山里の暮らしを記録した貴重なものである。
大塔山系は日本でも数少ない照葉樹の天然林が、現在でも二千数百ヘクタールほど残っている所である。昭和初期までは天然林の利用を生業として、天然材の伐採、筏などによる運搬、製材、炭焼きなどが持続的に行われ、古くからの集落が山里に存続し、山の暮らしの文化が維持されてきた。大塔山系の自然と暮らしは、本書でしばしば引用されているが、紀州藩によって1833年〜35年に調査され、まとめられた「
紀伊続風土記
(
きいしょくふどき
)
」によっても記され、その状況が昭和初期まで続いていたようである。
しかし、大塔山系の多くの天然林は、太平洋戦争中に軍用材として、戦後は消失した都市の復興のため、さらに、高度経済成長期にはパルプ用材として山奥まで根こそぎ伐採され、その後には、経済性のみを考えた杉、檜が地域全体の8割も植林された。天然林は急斜面や条件不利地にしか残っていないようである。
その後、木材の輸入自由化の下で安い外材との価格競争が厳しく、山村では杉、檜林の手入れが行き届かずに荒れ、林業が衰退し、猛烈な勢いで過疎化と高齢化が進行しつつあることが述べられている。紀州備長炭の用材としてのウバメガシ、椎茸栽培のための原木、持続的に切り出された樫、樅などの建築用材など、多様な用途に使われた様々な樹種と樹齢からなる天然林が失われたことも、山村の生活がなりたたくなった原因の1つとして述べられている。
著者は、それぞれの河川流域の人々の暮らしぶりと自然を、自分自身が炭焼きをしながら体験したことや、そこに住む人々から具体的に聞き取ったことによって、また、自分が直に自然のすばらしさに触れることによって、それらの情景を目に浮かぶように具体的に、生き生きとした文章で表現している。読者は、あたかもその土地に行って一緒に見聞きしているような気持ちになる。本書で取り上げられた様々な山の暮らしぶりについての話は、民俗学的にも貴重な記録であると思われる。
本書を読んでいて、大塔川流域や黒蔵谷に残された学術的にも貴重な天然林を守るために、自然保護運動が展開され、学術調査も行われたが、本ホームページの「本の紹介」で紹介した
真砂久哉氏
や
後藤伸氏
も調査団に加わっていたことが述べられており、お二人の紀伊山地のシダや昆虫への情熱が天然林保護活動へと結びついていったことを知ることが出来た。
本書を読むことによって、大塔山系の奥深さ、山々や清冽な渓流など自然のすばらしさを感じることができる。そして、本書を読んだ後に、そこを訪れる機会があったならば、日本古来の伝統的な文化が継承された山村の暮らしがそこあった、あるいは残っていることを、都会育ちの者にとっても懐かしく具体的に想像することができるであろう。
改めて、豊かな自然と環境を与えてくれる山村のこれからのあり方についての問題意識をかき立てられる。
(2008.5.31/M.M.)
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